輪廻の沼 3

釣り記事は削除します

安倍外交は優柔不断。紙ヒコーキはどこへ?

2019年07月02日 10時13分51秒 | 心理学


安倍外交は優柔不断
トランプの性格は、敵と味方に仕分けする。

敵がいなければ敵を作り、
味方がいなければ味方を作る。

先ず、安倍総理をイランに行かせたのは、
イランとアメリカの仲を仲裁するのではなく
反対にケンカをふっかけて来いが正解。

つまり、アメリカは戦争に飢えているから
火種をイランとの間に作れ。
トランプは即座にイランがやったと断定。
イギリス、サウジはそれに同調。
だが、日本はもっと明確な証拠の提示を要求した。
これは、アメリカ大統領の宣言に不満、
不平を言ったのと同じである。

しかし、トランプの策略に乗れば、
イランと日本の関係は破綻する。
安倍総理は、イランかアメリカかの選択を
濁した部分にトランプの不満が募った。

つまり、トランプにはこういう怖い一面がある。


さらに、中国とアメリカ、
この世界の覇権争いにおいて
優柔不断な安倍外交は中国との
関係が良好になる事に歓迎の意を示した。

これにトランプは、
『安倍は、アメリカなのか?中国なのか?』
カチンと来たものがあったに違いない。

これが、トランプが突如として
文大統領と近づき、北朝鮮の金とも
友好を演じた詳細である。

米国は、YesかNoがハッキリしている。

日本人のように、えーっと、そのー。
のような優柔不断な人間は好まれない。

日本は、今までどっちつかず外交をしてきた。
アメリカなのか?中国なのか?はたまた。
つまり、トランプは安倍外交の優柔不断さに
嫌気がさし、日米安保の破棄を言ってきた訳だ。

つまり、トランプが日本に求めるのは、
ある意味、必ず俺の意見に同調しろという
迎合とも思える。

しかし、それがまるで、
ヤクザの鉄砲玉のように相手の親分の玉
取って来いみたいな扱われ方をしている
可能性もある。

ただし、中国とアメリカに関しては
優柔不断はかなり禁物だろう。
アメリカは中国との関税戦争に日本の同調と
足並みを揃える事が大事と考えていた。
しかし、日本はG20で中国側に良い感謝をした。
これがトランプに明確な裏切りになった。

アメリカが中国に関税の引き下げ中止や、
ファーウェイを受け入れたのは日本が
足並みを揃えなかったからだ。

アメリカからしたら、
日本は本当に味方なのか?
都合が良い時だけの存在か?
もし中国と戦争になれば、
一緒に戦ってくれるか?

トランプが求めているのは、
困った時には助けあえる友達だろう。
トランプが北朝鮮や韓国と接近したのは、
『安倍、お前がやってるのは、
こんな事だぞ!』と
行動で示したのかもしれない。

本当に外交は、難しい。

仲良くなるだけが外交ではない。
時には仲を悪くする事も外交ではないか?
そう思えるような、日本の事なかれ主義。
つまりは、優柔不断な安倍外交が
招いた悲劇のG20だったとも思える。

やはり甘い安倍外交

2019年06月14日 20時36分44秒 | 心理学
真実は闇の中へ

安倍晋三総理が訪問中に、日本タンカー2隻が機雷と思われる攻撃を受けた。

まず、会談の中身を見たが、なぜ自らが米国の犬ですと言わんばかりの振る舞いをしているか分からない。イランの最高指導者のほうがまだ、的確にアメリカの本懐を知っているように感じた。

トランプ氏の言葉を代弁するのではなく、イラン最高指導者の中身をよく知った上で、自らの言葉で説明する必要があった事だ。

もう1つは相手の言葉に耳を傾け、時には共感を示し、米国とイランの共通する利であったり、着地点がどこが適切かを見極める必要がある。敗戦、植民地国家を丸出しで行く国に魅力などない。悪魔でも仲介国家であり、最初から米国シフトな公言などルール違反もはなはだしい。


安倍外交は、やはり坊ちゃん外交。教科書通りにアメリカ様様の外交をしても、裏を取られて、良いように利用されるだけだ。殺される前にそんな外交やめた方が良い。全ての国が米国を脅威と感じている訳ではない。


外交の難しさ

今回、安倍晋三総理のイラン訪問により仲介どころか、より緊張感を増したのは言うまでもない。

どちらの仕業にせよ、日本のこれからの外交に支障が出た事は言うまでもない。

どちらと言うのは、アメリカの自作自演。そして、今回の安倍の外交に『なんだ、日本の首相は米国の犬じゃないか、こんな国なんか来るんじゃねーよ』とタンカーに機雷を支持した可能性だ。

確かにイランに対して交渉をしてくれと頼んだのは他ならぬトランプであり、死の商人とも繋がりがあるトランプなら、安倍を手駒に使い、イランに戦争を吹っかける口述に出来なくもない。

また、イラン最高指導者が今回の安倍からの米国よりの仲介に憤慨し、怒りの機雷を日本タンカーに放ったのも、イスラム圏の国家ならあり得る。

とりあえず、安倍外交は甘かった。

老害政治を止めなければ10〜40代までがとんでもない事になる

2019年04月10日 21時24分17秒 | 心理学
人口が減るとどうなるか?
現在、日本は議員制の選挙になっている。選挙権は16歳以上と低年齢化を辿るが、最も大事なのは誰を代表にするかや、どの政党を支持するだのの硬い枠組みではない。

世代間のクッションを欠いたものではない事です。

今、日本に1番必要なのは男女の違いうんぬんではなく、世代間の違いを埋める政治構造こそが真の問題とは言えなくないだろうか?

この国は65〜69歳までの年齢層をトップにした人口比で固められている。事実、これよりも若い世代は極端に少ない。15〜19歳までが600万人ぐらいとすれば、65〜69歳までは1000万人近くいる。つまり、1.5倍なのだ。

これに選挙の票でいえば、社会保障などの国政が優先される構造と言える。つまり、世代間での人口が逆ピラミッドであり、政治の意志が老齢層に^も集中し、国政が老齢層の意見を中心としたものに偏るという弊害である。

この偏りは、年金などの社会保障を必要とする非生産的な塊に意見が集中。若者の雇用や、製造、開発などの国益に重要な生産層の意見がないがしろにされ、国家予算が非生産ラインに流れている事が最重要課題なのである。

そるが今日に起きた61万人の引きこもりである。しかも、団塊世代はこれら若者をニートと呼び、笑い捨て自身の不安ばかりを解決する事に嘆くばかりなのだ。

例えば高齢者の運転事故は増えても、規制が緩いのは紛れもなく高齢者に優しい政治構造が関係している。

さらに、団塊世代が80歳ほどになれば、どれだけの人間が影響を与えるか分かり兼ねないのだ。65〜69歳までという退職した世代は働く事は無いため、消費する事でしか社会貢献が難しくなる年齢である。

ところが低年齢層は、これらの老齢層を保障する職や予算的な仕組みを決められている。これは老齢層の票が集中する政治家の計らいである。

医療や介護と言った分野に集中した国家予算が投入、産業や開発などに必要な挑戦したり、好奇心を追求する精神を日本の大衆迎合教育は摘み取っていった経緯がある。

実は、こういったものが日本の輸入品や新技術に使われる事もある。アメリカが日本の洗脳に使ったとされるWGIP。このWGIPにより日本人の心は他者排除となり『出る杭は打つ』という内部的な自己保身に走る輩ばかりの社会になった。

結果、アメリカの支援が無くなり、才能ある日本人は摘み取られ、才能ない日本人がニヤニヤするような世の中になっていった。日本は、他人を蹴落とす事と何も考えずに働くという社会になった。

そう、反論したり、意見することを禁じた。考える事さえも馬鹿馬鹿しい世の中となり、いかに自分が他人と違わなくないかを演じるのが上手い奴が生きれる様に枠組みを決めた。

縦割り的な日本人の風習は、組織の透明性を欠き、ブラック企業の増加や政治的な失態も相次いだ。これら日本をシロアリのように巣食い、若い世代の人生を内部から食い散らかした。老齢層が舵を取り、老齢層の健康や身辺の不安を減少するために築きあげたシステムこそが今の数に勝るものが強い政治構造だ。

この国は、老齢層と若い世代の選挙権を持つ世代間格差があり、若い世代の意見が届きにくくなっている事を見て見ぬ振りをしてきた。

さらに政治に無関心になるように仕向けたのも、老齢層とアメリカである。アメリカにとって最大に怖かったのが、WGIPを発見し、世間に知られる事だった。

次にアメリカが恐れるのは日本人の反乱だろう。しかし、今の日本に1番必要なのは、アメリカへの反乱ではなく。日本の政治構造の抜本的な見直しと世代間格差のクッションをどうするかだ。

政治家はなぜ、目を背けるか。
票が一つの世代に集中しているため、
結局は安定した社会保障に回る。

今、日本は国家を逼迫すり医療費や
医師が足りないなどの情報操作に
惑わされない確かな目を持つ事と言える。

政治家にとって大事なのは、
選挙の再戦であり、社会問題の解決ではない。
そのような状態が蔓延化しているのは、
今の体制が政治家にとって
再選し易い環境だからだ。

つまり、人口比の多い非生産層でもある
老齢層が政治の舵を握り、若者の職域や、
住む場所、テレビメディアを使用した
思考のマインドコントロールまで行われている
可能性も排除できない。



なぜ、このタブーを言ったのか?

それは、急に、前触れなく、
大きな変化が我々を襲う可能性に
気づいたからだ。

それが何かは、まだ言葉が出ないけど、
老齢層のニーズが過多になり、
供給が追いつかずトラブルになり、
国家的な問題となって初めて意識する。

そう感じたからだ。

つまり、ある段階になり、社会の歯車が
回らなくなる。問題は、あちこちで導火線が
引火し、花火工場の火事のようになる。

今はまだ、ブラックホール。

しかし、明らかに肥大し、いずれ
日本社会全体を、そして世界まで巻き込んで
いくような気がしてならない。

そうなってしまうと一国の主人では
太刀打ちできないだろう。



核シェルター研究会

2019年04月02日 07時59分26秒 | 心理学

核シェルターはなぜ必要なのか?
この日本という国は、アメリカの原爆投下の象徴的な存在であり、核の脅威に常に晒されてきた。

核が今や、国家の半分の勢力を削ぎ落とす兵器である事は事実であるが、そうは言ってられない現実がある。

日本に核シェルターが発達してこなかった側面は、主にアメリカ側が日本からの報復に恐怖の念を抱いていたからだろう。銃社会であるアメリカは、人から恨みをもらうことの恐怖を知っている。

人から恨まれると、明日には四六時中、銃口が自分を狙っているのではという恐怖である。そんなヤクザな世界、アメリカの銃社会が一般市民にまで浸透したのがアメリカという国であり、国民性である。

そのため、アメリカの政治的な日本の扱いとしては信頼ではなく利用という言い方が適切だろう。利用している植民地であるから核シェルターなど持たせないという言い方だ。

日本は表向きは独立国であり、裏では植民地である。和訳された宣言文などを原文のまま訳した人ならば、気づいたと思う。

アメリカにとって日本は利用国であり、社会主義圏との戦争では、自分を守るべき盾である、

しかし、この考えも古くなりつつある。

アメリカにとって日本ほど核シェルターを持たねばならない地域はない。
戦争に負けるとは、勝った国の考え方を受け入れさせられるという拷問がある。

それは、日本人が子供時代には意識していなくても成長する過程で気づき、いつしか自分の人生に深く影響を与えていた事。

その大きな流れにWGIPを教育に盛り込み、日本人を生かさず殺さずの政策をとってきた。

アメリカ軍は日本のどこかに核シェルターを作っているのだろうが、その隠れた核シェルターを持ってしても太刀打ち出来そうにない国がいる。

中国である。

もし、中国が北朝鮮を利用してアメリカ本土や世界に広がるアメリカの基地に核攻撃を仕掛ける可能性がある。

生き残ったアメリカの基地は、報復の核攻撃を中国に利用された北朝鮮に対してうつだろう。

北朝鮮は、それが負けると分かっているのでアメリカに対して甚大な被害が出るくらいの核攻撃を徹底して狙ってくるはずだ。

しかし、それだけの核兵器を北朝鮮だけで作れるはずもない。ここで北朝鮮を助けるのが韓国と中国である。

そして、ロシアはどっちが勝ってもおいしい部分にありつける様に傍観者となる。

負けているのが分かれば 敗者から徴収する。

そう考えると戦争は、するよりも傍観し、勝負が決すると分かれば略奪をするスタイルが関ケ原の戦い時代から変わっていない様に思う。

戦争は、野次馬になり、隙見てドロボウになる。

さらに複雑なのは中国という国は勝てると分かれば態度が豹変する事だ。これは迎合的で、極めて危険な国民性だ。

中国対アメリカにおいて日本に核シェルターを置く事は、スピード戦でとても重要な考え方と言える。

アメリカ・日本を利用して社会主義圏へ圧力
日本・アメリカを核の傘下に。金魚の糞。
韓国・日本への被害感情を利用して日本に恫喝。
北朝鮮系の出身が政治や経済に浸透
北朝鮮・核を自国で持った事により内外への
圧力を強めようとする。
中国・アメリカよりも経済的な発展を遂げれは、
世界的な独裁国家として他国に進出する
可能性がある危険な国
ロシア・ニヤニヤしながら戦争を閲覧。
負けそうになれば盗っ人に変身する。


中国対アメリカ

中国は、ドローンなどの無人化兵器やAIなども積極的に兵器化しようとしている。しかも、情報を漏らさず地下の奥深くで研究されているはずだ。

これは、高速化、精鋭化して軍事力の進化をテレビなど通じてアピールしていたロシアとは対極にある。

強いて言えば、不気味さという兵器では中国はロシアよりもタチが悪い。ロシアの良い所は、強い兵器を作れば、それを内外にアピールしてきたところがある。

そうする事で、自分にケンカを吹っかける事の怖さを誇示し、ひたすら傍観者きどりになるんだからロシアとは隅には置けない国だ。


でも、中国は内部でどんな事をしているか分からないという未知の脅威。中国とアメリカが戦争し、優位に立つには互いの利用する駒が一つカギを握る。

中国の駒は、北朝鮮と韓国である。そして、アメリカの駒は日本とインドであろう。

もし、戦争になれば、その物理的な早さが戦局の決定を裏付ける。何故なら中国にしろ、アメリカにしろ、互いを本土から直接攻撃するには距離が離れているからだ。

そのため、ミサイルなどの攻撃を行おうにも距離が離れているため核シェルターなどに逃げられる可能性がある。

特にこの点で中国は、協力してもらえそうな国がアフリカや南米の一部の地域がかかっているためアメリカ包囲網はなかなか難しい。

対するアメリカは、日本とインドという国がある。特に日本は自国の軍事力をそのまま中国へ投下できるベース基地にもでき、ミサイルなどを発射すれば核シェルターに逃げ込まれる前に中国共産党を壊滅できる可能性がある。

しかし、逆に言えば日本を中国に奪われる事は軍事戦略として非常にマズい。

アメリカ軍にとって日本人は、家畜のブタのようなもので、そのブタが生きようが死のうが、自分達が戦争で勝つ事こそが重要なため。利用するためのペットみたいなもんだろう。


その観点から今までは、日本にいかに米軍基地を駐留させ、戦争では最速で攻撃する事ばかりが有力視されてきた。

しかし、この考え方も次の時代の戦争では古くなりつつある。

宇宙戦争時代へ
第3次世界大戦は起こらない方が良いが、それでも起こってしまった場合。

宇宙を制する者が世界を制する戦争になるだろう。

第2次世界大戦で、日本が作った最高戦闘機である零戦の弱点は極限にまで軽量化したボディであった。零戦の最高高度が低くなった事だ。戦闘機同士の戦いでは、より高度を上に取れたものが有利に働く。

さらに高度を上に上にと向けていけば、詰まるところ宇宙となる。中国にとって重要なのは、日本を占領し、日本に無人ドローンで宇宙まで飛ばせる兵器をアメリカ本土に向けて大量に送り込む戦略である。

この宇宙に行くまでというのがミソで、地球の自転(時速1700㎞)を利用して大量のドローン兵器をアメリカ本土へ送り込める戦略だ。

昔、日本に風船爆弾なる戦いがあったが、宇宙戦争時代の風船爆弾は、大量の無人ドローンを搭載したロケットを飛ばす→大気圏を抜けて無重力で戦闘ドローンを吐き出す→アメリカに大量に飛来するという戦略が成り立つ。

中国本土から送りこんでも良いが、この場合、日本のアメリカ軍レーダーに引っかかる可能性がある。そのために日本の文化や情報、設備に中国技術を浸透させる事が大事だ。

そうする事で、日本だけでなくアメリカを侵略する一手となる。

韓国は北朝鮮の駒になる可能性がある
北朝鮮にとって韓国は、日本やそこに駐留する米軍基地を攻撃するには利用すべき最良の国である。

しかも、韓国国民が反日感情を持っているだけに利用しない訳にはいかない。

北朝鮮が日本を攻撃すれば、アメリカのテリトリーを侵害した事になるが、韓国に攻撃させれば自分達は白になるからだ。

そして、アメリカとしては韓国の裏切り行為を是正していいか悪いからも難しい場面だ。

何故なら、日本を孤立化させて安保理を結ぶ政策が頓挫しただけでなく、韓国の裏切りによって自分達の本土にまで攻撃を受ける可能性があるからだ。

アメリカは日本をwgipを使い、内面からめ支配したが逆に韓国の反日感情も操作した。

しかし、日本を孤立化させるどころか、日本と韓国の仲違いを北朝鮮や裏で操る中国に利用されて第3次世界大戦の前哨戦ともなる第一次日韓戦争までは予想できなかった。

それを北朝鮮や中国からも利用されるとも。

そのため日韓の摩擦は確かにアメリカとしては歯がゆいかもしれないが。

最終的には日本を選ぶか韓国を選ぶかを早い段階で明確にし、決断として韓国に核を落とすぐらいがなければ。北や中国のニヤニヤは止まらないはずだ。

そういう意味で日本の対韓国防衛能力はアメリカにとって重要である。また、駐留しているアメリカ軍だけで中国本土からの攻撃を沖縄や横須賀の基地を守れるかは怪しい。

つまり、核シェルターは日本各地に散在した方が米中による第3次世界大戦は有利に進めていける事は言うまでもない。

そのため、アメリカの上院議員に根強くある。日本人は、殺さず生かさず利用する豊臣秀吉のような考え方は古くなりつつある。

もし、第3次世界大戦が始まり、世界がアメリカと中国で2分された場合は1人でも多く生き残り、生き残って戦う事。やられたら、やり返す事が戦争において重要なのは言うまでもない。

確かにアメリカの軍事力は世界1だが、軍人の数ではすでに中国に負けているのだから。


なぜ戦争で命を捧げたのかを忘れた日本人

2019年02月07日 12時46分47秒 | 心理学
人生とは一度きりだ
泣いても笑っても人生は一度きり。

勝つために戦うと言っても、
それが自分の本懐にならない
戦いならしない。

自然界でもライオンから草食動物でも
無意味な戦いはしない。

明らかに自分の生きる目的に
合致した場合にのみ戦う。


当時、太平洋戦争で、命を捧げた。
たった一度しかない人生を捧げた。
これを現代人が聞くと
「いたたまれない」や、
「逃げれば良かったのに」
と思ってる人が多い。

が、それはその時代を生きなかった者の
結果論である。
戦争に行けば殺し合い。
生きて逃れる方法など太平洋の
銃弾、爆風、豪火の中で
であるはずもない。

が、こういう見方もないだろうか?
たった一度しかないから
自分に正直に生きようという芯である。

つまり、自分が作り上げた。
あるいは育ててもらった環境を守るがため
戦うという本懐だ。

人間、産まれながらに誰しもが
時の神、クロノスから1発の銃弾を
額めがけて撃ち込まれている。

長生きせよ、短命にせよ、
その1発の銃弾は、今、この記事を書く私も。
この記事を見ているアナタでさえも
必ず貫く。

そこに長かっただの、短かっただの。
長き地球の歴史の中では、
人間の文化にのかった自分の価値など
あって無いようなもの。

考え方によっては、地球にとっては
岩も一生命体も地球の一部に過ぎない。
死ねば、全ての生物は水にも砂にもなろう。
だから、地球にとってはどんな人間も
地球の一部に過ぎない。

そんな地球の一部同士が
「やれ俺の方が長生きだ、
お前は短命だ。」と競い合う。
ついには、競い合う事が人生となり
目的を失った人生になりかねない。

結果が同じ死であるなら、
自分の意見、本懐を遂げて死ぬ事にこそ
意味があるのではなかろうか?

どんな立派な人でも死は訪れる。
貧富、身分、宗教、国、医療
人間の作り上げた社会の壁など
クロノスの銃弾を防げるものなど
何一つない。

必ず貫くのであれば、他人に放たれた
クロノスの銃弾より、自分に放たれた
クロノスの銃弾を考えた方が遥かに
生きる意味を感じれるのではないだろうか?

戦争で命を捧げると言えば
戦争もした事ない団塊世代は、
手を挙げて子供を送り出す。

本懐は自分が戦争に行きたくないからだ。

しかし、それで自分は守れど
送り出した子供や孫は戦死し、
自分は最後に捕まって捕虜にされたり
人体実験にされたり、あらゆる可能性が
未来には横たわっているとは考えられない。

死と言うものの感じ方も
今と昔の日本人は違っていたのだろう。

千葉県野田市10才女児の虐待殺人

SOSを出していながら救えなかった。

結果は、ころほど社会の無力さと、一家庭において実親の愛は真実の愛だのという日本的な偏った価値観が、実は嘘偽だった。

児童が殺されなければ明るみにすら出なかった。

死して初めて少女は人として扱われた。
この国は、死ななければ人ととして
扱われないような文化があるが
結果から言えば、まさに典型例ではないか。

学校でのイジメ、
DV、
ブラック企業、
モラハラ、
児童虐待・・・、

WGIPの毒による日本人の心の汚点同士が線で繋がり新たな社会問題を次々と発現しているようにも見える。仮面を被った殺人者が父だった痛ましすぎる事件だ。

昔、日本人の父は戦争に行った。

赤紙が届き、出兵。
明日には命が無いかもしれないのに
嘘などつこうか?

妻も本当に愛していたのだろう。
自分の子供も可愛かったのだろう。
抱きしめた小さな命に、
明日は殺し合わねばならない現実がある。

そうして、自分の家を背中に
軍服を着て後髪引かれる思いで
戦地に立った男がたくさん
居たのではないだろうか?


今の日本人は違う。
我が子や妻が自分の思い通りでなければ、
最悪は殺してしまう。

テレビに映れば
「事故です、人として許せないですよ」
等と能書き垂れ流しながら
実は浴槽で殺してましたが
今回の事件ではなかろうか?

まるで、妻も子供も自分が望んだものでも
無かったかのような文化。

確かに、日本の社会、文化の構造では
そのような父の仮面を被った殺人者も
それを傍観する母親も、離婚をして
シングルマザーになり非行に走りやすい
機能不全家族だらけになるだろう。

だからこそ、戦争に行く勇気や
なぜ男は戦うのか?を今一度、
考えてみる必要があるのではないだろうか?

でなければ、家の中に一頭の
人の皮を被ったライオンと
一緒に住む人間のような家庭が
今後も増え続けるだろう。

教育を変える事は悪いことではない

ゆとり教育の記事を読み返すと
何か私が教育を変える事が悪い事のような
印象を与えかねない事に気付いた。

何も考えなく教育をその時代の流行色に
染めるのが愚かな政策であると指摘して
いるのであり、教育を変えること自体は
愚策ではない。

一つは、現代の社会問題という点と
その社会問題を起こした人々が学生時代は
どういう教育を受けてきたかという点。

この点と点の因果関係を調べ、
教育に反映させるのは正論だ。

社会問題だけでなく、経済や政治でも良い。
それら世界の問題を取り上げ
教育と結びつけて政策や教育改革を
作り上げる事は有益だ。

でなければ、社会は変わらないし
良くもならない。
事態は深刻になるばかりだ。
つまり、日本の教育に
無かったのはスピードだ。


教育は天才も、犯罪も、家庭も、社会さえも作る。

しかし、それが花開くのは15年ぐらい
先の教育である。
と考えると現代の社会問題は
団塊世代が適当に作り上げた教育。

それを現世の人間が四苦八苦するのだから
スピーディな評価および変革が教育の世界に
こそ必要ではないだろうか?

ところが、この教育の変革には政治の力が
関与したり天皇制やら、WGIPやらが加わり
腰が重くなりすぎて
鈍い、重い、疎(うと)い
の三拍子なのである。

だから、学校でのイジメもなくならないし、
児童虐待も終わらない、守れない。

あちこちで精神的な恫喝だらけの社会。
時が経てば経つほど事態は深刻さを
増すばかり、問題が起きても他人事。

口先だけの社会。
そうした戯言を述べている間にも、
すでに第3、第4の救ってほしい
小さな命がたくさんあることには鈍感。
自分の保護だけで精一杯。

現場はスピードが要求されているのに
15年後の事など知った事かでは
自分も団塊世代と同類ではなかろうか。