潮は、もう満潮をすぎて下げに入っている。潮はポイントに向かって右へと流れている。実は下げの時間帯でも右に動いていた。ポイントはボクの釣り座から真っ正面の隠れ根があるポイント。ここのやや左に着水させて餌をしゃくって出し仕掛けが馴染んだ丁度良いポイントにつくようにしアタリを待つ。かご釣りの場合は、しゃくってそれほど待たなくてもアタリが来る。

 

思い通りの場所に着水させ、道糸を操作しながらウキが立つことを確認。1回大きくしゃくって餌を出した。辺りはすでに暗くなろうとしていた。海の中はもう昼から夜へと変わった感じである。さあ、来い!

 

すると、何も前触れもなく、心の準備も整わないうちに、ねらいのポイントをゆらゆらと漂っていた赤いケミホタル50が一気に漆黒の海中に忽然と消えた。反射的に竿を立てためを作り魚信を聴いてみる。コンコンと軽い生命反応が手元に伝わった。

 

それほど大きくない。イサキかな、イサキならいいけど。

 

明るいうちにわんさかいたグルクンの疑いも。

 

ゆっくりと慌てずに手前に引き寄せて慎重に抜き上げた。

 

 

カツオの一本釣りのように、後ろへ振り上げる。自分の目の前を通過する魚影をみて本命のイサキを確信。ピチピチと電動スプリングのように磯場で躍動している30cmを少し超えるサイズのイサキを視認。ほっと胸をなで下ろした。とりあえずボウズはなくなったな。ここの魚としてはまずまずのレギュラーサイズ。

 

「いいなあ。」

 

何かトラブルがあったらしく仕掛け作りを始めていたM中さんも祝福してくれた。すぐに釣れると、この釣りの場合よい結果に終わることが多い。

 

第2投も同じ場所を攻めた。これもさっきと同じようなウキの消し込みが。コンコンと軽く竿に伝わる生命反応からイサキを確信。抜き上げて魚を確認した。サイズアップしたはずだが。おっ、やはり35cmを超えるサイズ。さあ、忙しくなるかも。

 

 

第3投目は、残念ながらカゴカキダイという熱帯魚。食べて美味しいらしいが、海にお帰り願うことに。

 

第4投目は、やはりイサキが釣れたポイントと同じ場所だったが、ウキが勢いよく消し込んだだけでなく、道糸が電光石火のごとく走った。これも竿を立てて応戦する。ぐぐっと手元に来るこの重量感はイサキとは考えにくい。イサキならばとんでもない特大サイズのはずだ。

 

初動はかなりのパワーを見せた相手も手前に来るに従って勢いがなくなってきた。これも慎重に抜き上げる。イサキとは違う体高があるフエダイ系の輪郭が目の前を通り過ぎた。

 

竿を竿受けに置き、魚を確認に行く。キャップライトを当てると、そこには、ごつごつした男性的な岩場に似つかわしくない魚が神々しい光を放っていた。ピンク色の魚体。背びれの根本付近に白い点が見える。アマゾン川に住む黄金の魚ドラドのような黄金のヒレ。そこで跳ねている魚は、夏の恋人シブダイ(標準和名:フエダイ)だったのだ。

 

 

こんなに早くきみに会えるとは思わなかったよ。これほど美しい魚は他にないのではないか。魚にミスコンがあれば、間違いなくグランプリだね。

 

「えっ、シブダイ? すげえ、いいなあ。」

 

M中さんはシブダイが釣れたことを知り羨望のまなざしを向けてくる。まだ、仕掛けの修復作業中で、イサキとシブダイの連発で焦りが頂点に達しているようだった。

 

 

ポツ、ポツ

 

このころから弱い雨が再び降り出した。これくらいの雨なら、この釣りを豊かに彩ってくれるよう。

 

しばらくすると、戦線に復帰したM中さんが、歓喜の声を上げた。抜き上げた魚は本命のイサキ。

 

「やりましたね。おめでとうございます。」

 

「ありがとうござんす。」

 

仕掛けのトラブルで出遅れていたM中さん、ほっとした模様。

 

 

さあ、これから入れ食いになると思いきや。自然はそうはさせてくれない。潮が1投ごとに変わっていく。下げの本命の右流れになってチャンスと思いきや、今度は左へと流れ始めて魚の食いが止まる。今度は手前に当たってきてこりゃ最悪の潮だと思っていたら、次の瞬間には、突然、下げ潮が流れ出し、イサキをゲット。と思いきや、今度は下げの激流が走りみるみるうちに仕掛けが流されていく。こりゃこまったぞ。しかし、これもしばらくするととろとろの流れに変わり、イサキをゲット。

 

 

また、タナもころころ変わる。潮が干潮の午前1時過ぎに向けて下がっていくので、浮き止めを上げて浅くし始めていくが、それでも20cmくらいのずれで全く喰わなくなる。

 

試行錯誤をさせてくれて、楽しみながらイサキをポツポツと拾い釣りしていった。

 

雨は止まることなく降り続けている。午後11時を過ぎてイサキを7枚釣ったところで、休憩を入れようと横になるが、雨が体を叩くので中々眠れない。眠るのはあきらめて横になって体を休めた。M中さんは雨にも負けずに釣り続けている。ポツポツアタリがあるようだ。

 

1時間ほど横になって休んで、時計を観ると午前1時半を回っていた。そうだ。この日は夏至の1日前。午前4時半頃までしか夜釣りができないかも。あと3時間しか釣りができないことに気が付くと、ごそごそ起き出した。

 

前回7月にここに乗ったとき、夜中過ぎにとんでもないアタリがあったことを思い出した。何かエキサイティングな出会いがあるかも。眠気が不思議と吹き飛び、残りの餌を使って幸せのロケットを飛ばし続けた。上げ潮になって確かに左へと流れていったが、午前2時を過ぎると、逆に右に流れ始めた。

 

 

こんな感じで潮に悩まされ続けたが、その後ポツポツと4匹のイサキをゲット。イサキの型は、下げでは43cmのイサキが釣れ、型はまずまずだったが、上げ潮になると残念なことに小さくなってしまった。夜明け前のシブダイを期待したが、何のドラマもなく午前4時45分頃、夜明けを迎えてしまった。M中さんは、雨の中ポツポツと10枚ほどのイサキを釣ったらしい。雨の中ではあったが、魚もほどよく釣れて開幕戦としては十分な釣りとなったので、明るくなり始めたとともに、納竿とすることにした。

 

 

片付けて船着けに荷物をまとめ回収の船を待った。午前6時前に海希丸は、あふれんばかりの釣り人を乗せてやっていた。そうか、昼釣りの釣り人を渡礁させながら回収するんだな。6月なだけに昼釣りの底物師と思われる釣り人をたくさん乗せて渡礁させては回収をしていった。灯台下からオキノセ、グンカン、尾長瀬、そして、高瀬と釣り人を乗せたり回収したりで、こちらシビ瀬には最後の回収となった。

 

 

「シブが釣れてましたね」

 

回収の時、会長の息子さんが声をかけてきた。荷物を渡して無事に船へと乗り移る。みんなそこそこ釣れたのではないだろうか。息子さんは、イサキやサバ、グルクンなどクーラー一杯釣っていた。さすがである。

 

 

いつもは遠くに見える開聞岳は全く見えない。雨は相変わらず降り続いている。いつもならうっとうしい雨だと感じるのであるが、今回はなにか優しく包まれるような暖かみのある雨だと思うのであった。釣り師の間では、梅雨グロという言葉があるが、雨の中での梅雨イサキも中々どうして風情があるではないか。

 

全身ずぶ濡れになりながらも、精神だけは心地よい爽快感が支配していたのだった。

 

おしまい